あの “けしか らん造” さんが、帰ってきました! またもや何か言いたそうな表情をしていたので、ちょっとお話聞いてみましょう…
「○○さん、これウチでは無理だわ。大学病院の△△先生の紹介状を書くから」
近所の駅前診療所の先生はさじを投げた。
分業なのか、医療機器の問題なのか、責任逃れなのか、誠意からくるものなのか……
「先生とおしゃべりをしているだけで、私の身体が楽になった気がしたのになあ」
我々患者には全く知る由もないのだが、 “大学病院” と言われると思わず身構えてしまう。きっと予約しても紹介状があっても朝から数時間待たされ、「やっと診療の時が来た!」と勇んで行くのも束の間、その日は症状を話して5分で終わり。
はたまた、何十年も昔の『白い巨塔』のイメージもまた悪い。
東大だの何だのという学閥から出世した唐沢寿明風なエリートが、冷徹に金と名誉のために人間的な医療をなおざりにしてメスを握り、恨まれようが嫌われようが……の冷たいイメージ。
権威主義の一丁目一番地、なのか。
いや、おそらく大学病院は殆どの人にとって終末医療としてのイメージがあるだろうし、大きなケガや病気で行くところというイメージもある。建物としても大きいが守備範囲も大きく献身的な看護師さんもたくさんいて安心できる場所のような気もする。
何より「大学病院なんだから間違いない、先生(医師)もすごいはず! あそこでダメなら諦めるしかない」のだろう……その思いも強い。
さて、塾はどうか。
「東大卒の多い、林先生もいる○○なら間違いない!」
「全国で有名だしCMもしているし」
やはり大手はブランド力が凌駕しているのだ。
保護者は何よりもまず “安心” が欲しい。
しかし、彼は去った。
“腰の軽い地域の町医者”
“見た目はともかく、腕はカリスマ医師”
名誉も権威も気にすることなく、地域に根差した腰の低い町医者になりたい。
目下、校長が『学場フリージア』を開校した “目標” の1つであるのだ。
出身大学や経歴を自慢する時間と労力があるなら、患者とのおしゃべりに使いたい。どんな相手にも屈せずに医師としての信念を貫くような、赤ひげ先生のように。
いつまでも、そう、願いたいものだ。



