9月になって、学校の募集案内も届く時期となりました。
「未来を切り開く…」
「生きるための力を育てる…」
など、学校の募集スローガンもさまざま。
ところで、「生きるための力」とは一体何でしょうか?
語学を豊かにする?データ処理に強くなる?
——話が長くなりそうなので、やめておきます。
では逆に、「生きるためにならない力」とは何でしょうか。
私がそれを考えた時に思いついたのは、幼少の頃の「ムダな知識」です。
今思うと、なぜそんなコトを覚えたのか全く合理性がないモノばかり。
①上野から山形までの各駅 を諳んじた。
②十両から横綱までの相撲力士 を漢字で書けるようにした。
③近世フランス画家のポスターにある100人 を覚えた。
………。
たぶん、ヒマだったのだと思います。
別に必要だったわけでもなく、人にホメられるのでもなく、今生活から課されているわけでもありません。
ただ言えるコトは、当時は私が「夢中になっていたこと」なのです。
そして、あくまでも主観なのですが、“生きるためにならない” こうした知識が多いほど、“生きるためになる” 知識(例えば、漢字、英単語、地名など)も多くなったような気がします。
人間は効率的に役立つ知識や、受験に出る知識ばかりを身につけるほど都合よくはできていないと思います。
また、そうした「ムダな知識」は、幼い時ほど吸収したり蓄積したりすることができるようなのです。



