生物学者への道が絶たれた——!?
何事も1つのことに夢中になると、時には大人も目を見張るようなことを子どもは成し遂げるものですね。
S少年(私)も、その昔は興味を持ちだすとどっぷりと入れ込むタイプで、相撲の力士、全国の駅名、ガンダムのキャラクターなど、よくスラスラと吸収して覚えたものです。
小学4年生の時に自由研究が出ました。少年Sは迷った挙句、テーマを「昆虫採集」としました。昆虫採集といっても、カブト虫やアゲハ蝶を集めて標本にする、といったいわゆる “子どもらしさ” はありません。
父の実家が山形の蔵王山麓のふもとであったので、虫に困ることはありません。
少年Sは山形の祖父母の知り合いに頼み、蝶に詳しいテキ屋のおじさんを紹介してもらいました。おじさんは少年Sにとって蝶の師匠。長さ10mの捕虫網や展翅板、標本ケースなどあらゆるプロたちが愛用する道具の手ほどきを受け、メキメキと知識や技術を吸収していきました。
山に入れば「スミナガシ」「テングチョウ」「オオムラサキ」「アカシジミ」など珍しく貴重なチョウがいっぱい。中でも「チョウセンアカシジミ」のような絶滅危惧種も当時はまだ採集できました。
夏休みが終わり、師匠のもとを去って東京へ帰り9月の始業式。
先生にも級友にも称賛されると喜び勇んで学校へ行くと——
友人たち「S、お前のつまんねえ」
女子たち「気持ちわるい」
そして担任の先生の一言が、少年Sの将来を決めた。
「S君、こういう珍しいチョウを捕ってはいけません。自然を壊してまでホメられたいの?」
私はその日、泣いて帰りました。そして二度と「自由に研究なんかしないぞ!」と誓ったのです。
さて次の年、少年Sの自由研究のテーマは「漢方薬になる草木」の標本。
再び担任の先生の苦い顔。
少年Sはまたしても周囲からのバッシングを受けたのでした。
(懲りてない……)




